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712〜
古代・中世時代 |
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福井県における織物生産の起源はまことに古く、一説によると、西暦2、3世紀ごろ、大陸から集団移民してきた人々が、越前、若狭地方にも移り住むようになり、その妻や娘達によって絹織物が織られるようになった、といわれている。
文献の記録では、『続日本紀』の中に、和銅5年(712年)、元明天皇が越前ほか20カ国に命じて、初めて綾錦絹織物の生産を命じていたことが記されており、延喜5年(905年)には、越前、若狭など36カ国から絹帛を朝貢させたことが史実にあり、若越2国は絹帛朝貢国として、既に全国有数の絹織物産地に位置づけられていたことが知られる。
中世に至って、文明3年(1471年)に一乗谷に入った戦国大名の朝倉家が絹織物業を手厚く保護し、代々足利将軍家へ絹織物を献上し、次の治世者となった柴田勝家も養蚕・絹業の一層の振興を図ったことから絹織物の産出量は増大した。 |
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1600〜1867
江戸期 |
年表 |
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福井県の絹織物業が名声を得るようになったのは、初代福井藩主松平秀康が就封した慶長5年(1600年)以降のことである。秀康候は「玉紬」を「北荘紬」と改称し、藩士の内職として奨励、品質の改良、販路の拡張に努め、公儀献上品の一つとした。その後、「北荘紬」は「奉書紬」と改称され、その高い品質は全国に広く知れ渡り、生産量は年産1万疋に達し、藩の財政基盤となった。 |
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1868〜1911
明治期 |
年表 |
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明治4年、旧藩士由利公正が欧米を視察し、イタリー、その他から多種の絹布見本を持ち帰り、本県繊維業者に欧米絹業の発展と状況を伝えた。これが本県繊維産業近代化の端緒となった。明治20年には群馬県桐生産地より機業に精通した高力直寛が来福して、羽二重製織技術を指導した。 明治の中頃に入ると、当時としては最新鋭のバッタン機を次々と導入、海外の需要急増もあって、明治28年には羽二重製織工場が3,000を突破し、わが国最大規模の羽二重産地に躍進した。 |
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1912〜1924
大正期 |
年表 |
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設備の近代化が大幅に進み、バッタン機から力織機への転換が相次いだ。それに伴って、生産品種の多様化・高度化が進み、高級絹織物の時代に入った。
大正3年に第一次世界大戦が勃発し、輸出絹織物業界は空前のブームとなったが、大戦後の反動不況が厳しく、栄華を誇った絹織物も苦難の道を辿ることとなった。
一方、人造絹糸が国産化され、人絹織物に活路を求める業者が増加、人絹織物の生産量は徐々に拡大していった。 |
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1925〜
昭和期 戦前編 |
年表 |
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昭和時代に入って、人絹糸の国内生産は質量ともに本格的となり、絹織物から人絹織物への転換が飛躍的に進んだ。最盛時の昭和10年前後は毎年約1万台の織機が増設され、昭和15年には企業数2,873件、織機台数9万2,253台、織物生産量6億7,440万平方ヤードに達し、人絹王国福井の名を世界に轟かせた。しかし、日華事変の勃発、第二次世界大戦突入、17年5月の企業整備令の発令によって、産地業界は3分の1の規模に縮小を余儀なくされた。 |
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戦後編 Part 1 |
年表 |
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戦時中の福井空襲、敗戦による混乱、福井震災と、相次ぐ災難を受けたが、不死鳥のごとく奇跡的な復興を成し遂げ、朝鮮戦争を境に目覚しい回復を遂げた。合繊糸が登場すると人絹織物から合繊織物へのシフトが積極的に実施され、昭和30年代はナイロン織物、40年代はポリエステル加工糸織物で高度成長を遂げ、40年代末には織機台数8万9,225台、織物生産量7億5,972万平方メートルの世界最大規模の長繊維産地に発展した。 |
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戦後編 Part 2
〜1988 |
年表 |
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昭和48年10月の中東戦争に端を発した石油ショック不況の到来と韓国・台湾繊維産業の発展によって、高度成長に終止符を打ち、成熟産業へと大きく変貌していった。産地業界は知識集約産業を目指して、商品技術開発に全力を挙げ、減量加工をほどこしたジョーゼット、パレス、デシン等の差別化織物を次々と開発した。他方、第二次産業革命と言われる革新設備の投資を強化して、徹底したコストダウン対策を推進した。
昭和60年に入ると円高が一挙に進み、未曾有の円高不況を経験したが、設備共同廃棄事業による構造調整を実施し、新合繊織物の開発により、業界総力を挙げた努力によって危機を乗り切ってきた。 |
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1989〜
平成期 |
年表 |
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バブル崩壊による大不況に陥るなか、福井産地は複合繊維やクイックレスポンスの構築等、業界総力を挙げた努力を行ってきた。現在、非衣料分野への転換や、エコロジー配慮の素材、リサイクル製品等、生活文化提案型産業として、国際分業にも対応する新しい可能性を探求し続けている。 |
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古代・中性期 | 江戸期 | 明治期 | 大正期 | 昭和期 | 平成期
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